大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和39年(ネ)416号 判決

控訴人

碓井正男

訴訟代理人

青柳孝

外二名

被控訴人

鈴木達吉

訴訟代理人

田上宇平

主文

原判決(甲府地方裁判所昭和三一年(ワ)第一五二号)を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

本件訴訟の総費用は、被控訴人の負担とする。

事   実≪省略≫

理由

本件全域の土地一九六坪五合八勺が被控訴人の所有であること、その一部である本件土地上に控訴人が別紙目録記載の建物を所有して本件土地を占有していること、昭和二三年六月三日当事者間に被控訴人主張の条項による調停が甲府簡易裁判所で成立したこと、はいずれも当事者間に争いがない。

被控訴人は、右調停条項第一項(請求原因第四項(一))〔編者注・申立人(被控訴人)は相手方(控訴人)に対し前記土地一九六坪五合八勺のうち道路に面する別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各点を直線で結ぶ約七九坪(以下「本件土地」という)を昭和二一年四月から引続き昭和三〇年七月まで賃貸すること〕は本件土地明渡猶予期間を定めたものでそれは昭和三〇年七月末日で満了したから控訴人はこれを明渡すべき旨主張するに対し、控訴人は右条項は本件土地賃貸借であつて賃貸権にもとづいて本件土地を占有するものであると主張するから、本件の争点は右調停条項の趣旨如何に帰着する。

右調停条項は文言上必ずしも明確といえないので、その解釈にあたつては、調停成立前における当事者の権利関係、調停成立の動機目的等を参酌して当事者の意思を客観的に探求するとともに、できる限り法令の規定にも照らして合理的に条項の趣旨を理解すべきことは当然である。

そこで控訴人の抗弁について順次判断する。

一まず控訴人は、右調停において本件土地につき普通建物所有を目的とする賃貸借が成立しその期間は調停条項にかかわらず三〇年の法定期間による主張する。

被控訴人が戦前本件全域の土地上に所有していた一部の建物を、控訴人が賃借して居住していたが、右建物が戦災で焼失したこと、控訴人が昭和二〇年初秋ごろ右旧居住建物の敷地に復帰しバラツクを建てて居住を始めたことは当事者間に争いなく、右敷地については、控訴人が旧物件令〔編者注・戦時罹災土地物件令(昭和二〇年七月一二日公布施行)の略語〕(昭和二〇年内務、司法省令第一号により甲府市に施行)第四条第一項にもとづく使用権を有していたことは明らかである。

ところで、<証拠>によれば、控訴人は右復帰後、被控訴人がなお疎開中である間に同人に無断で前記旧居住建物敷地以外の本件全域の土地にわたり使用を開始し、東方には簡易な自動車修理工場を建てて自動車修理業を営み、西方は主として菜園として使用占有していたので、これを発見した被控訴人は、控訴人の旧居住建物敷地部分については使用権を認めながらも、自己において住宅建設の計画もしていたところから本件全域の土地の返還を求めたところ、控訴人は応ぜず、かえつてその貸与方を求めたので、昭和二一年四月ごろに至り、被控訴人は右現状のまま本件全域の土地を控訴人に賃貸することになつたことが認められる(右賃貸の事実自体は当事者間に争いない。)。

二右賃貸借の内容につき当事者間に争いがあるが、<証拠>を総合し、または当時は終戦後間もない混乱期であり、しかも本件全域の土地は戦災地であつて前記認定のような経過で控訴人が占有するに至つたものであること、そのうち前記一部は旧物件令による暫定的使用権が控訴人にあり、他の部分は旧居住者が復帰しないため(この事実は差戻前控訴審における控訴本人尋問の結果により認められる。)地主たる被控訴人が同令第四条第四項により自ら使用しまたは他人に使用させ得るに至つた土地であること、当事者間には前記賃貸借につき契約書もなく賃貸条件について一般に行なわれるような接衝もなされた形跡がないことなどを合わせ考えれば、前記賃貸借は賃料を三カ月分五〇〇円の割合として暫定的に賃貸された性質のもの(法令に照らせば結局旧物件令第四条第四項によるもの、但し同条第一項により控訴人が当然使用権を有する部分については確認的のものとも見られる。)と認めるべきであつて、控訴人主張のように建物所有目的の通常の借地契約であるとは到底認めがたいところである。(被控訴人は従前右賃貸借につき通常の賃貸借である如く自白したのを撤回したが間接事実であるから右撤回は許される。)<中略>しかしながら一方、被控訴人主張のように期間を一カ年に限つたかといえば、そこまでは認めるに十分な証拠はなく、右主張に即する被控訴人尋問(差戻前控訴審、当審)の結果は措信しがたいところである。乙第四号証に「向一カ年」と記載のあることも期間の定めとするには足りず、乙第五号証、甲第一一号証はかえつて反対の心証を抱かしめるものである。ただ、成立に争いない甲第一号証、第一〇号証によると被控訴人としては一カ年と限つたつもりであつたことがうかがわれないではないが、控訴人との間に期間として約定されたとまでは到底認定できないところである。

三以上の経過の後、被控訴人から昭和二三年二月初め本件全域の土地の明渡を求めて調停が申立てられた(この事実は当事者間に争いがない。)のであるが、当時すべに被控訴人は控訴人の不法占有を主張して紛争状態にあり、地代乙(第四、第五号証並びに差戻前控訴審における控訴本人尋問の結果を総合すると昭和二二年二月分までは地代が支払われていたことが認められる。)の供託も始まつていたことが甲第一〇、第一一号証によつてうかがわれ、これらの事実に<証拠>を総合すれば、右調停において、被控訴人は強く本件全域の土地の明渡を要求し控訴人は容易にこれに応ぜず妥協は困難であつたが、調停主任裁判官や調停委員から臨時処理法によれば一〇年間は貸さなければならないのだからと被控訴人を説得した結果、ようやく旧居住建物敷地の東方、道路に面する本件土地のみを昭和二一年四月の契約当時に遡つて昭和三〇年七月まで賃貸することとしてその余の部分は控訴人において明渡すことになり、本件調停が成立したものであることが認められる。

以上認定の調停前及び調停成立の経過にかんがみ、また控訴人の従来の占有権原がもともと通常の借地権ではなく、旧居住建物の敷地に旧物件令による暫定的使用権があつたことから出発して昭和二一年四月これも暫定的な本件全域の土地賃貸借に至つたものであることからいつても、右調停において、控訴人主張のような建物所有を目的とする通常の賃貸借が成立したもの、従つて期間が調停条項に昭和三〇年となるものと解することはできない。≪省略≫(なお一方、右認定のところからすれば、被控訴人主張のように調停条項所定の期間が明渡猶予期間の趣旨であると解し得ないことは当然である)。よつて期間三〇年の賃借権の抗弁は理由がない。

四そこで控訴人は第二次に臨時処理法〔編者注・罹災都市借地借家臨時処理法の略語〕にもとづく賃借権を主張する。

前記認定の一切の経過事実によつてみるに、元来控訴人は本件土地西方の旧居住建物敷地に旧物件令第四条第一項による使用権があり、これにもとづいてこの部分を建物所有の目的で使用していたことは前記のとおりであるから、昭和二一年九月一五日臨時処理法施行後は同法第二九条第一項、第三二条により同法第二条による右敷地優先賃借申出権を有していたわけである。この点について被控訴人は、昭和二一年四月の新規契約により旧物件令による使用権は消滅したから臨時処理法による賃借申出権はないと主張するけれども、臨時処理法は戦災前の居住者を復帰せしめてその保護をはかるとともに戦災地の復興に資する立法趣旨で出来たものであるから、新規契約がなされたからといつて臨時処理法による申出権がないとは到底解し得ない(本件においてはなお、前記のように昭和二一年四月の契約は控訴人の旧物件令による使用権を確認したともみられるのである。)。

五次に本件全域の土地中右控訴人の旧居住建物敷地以外の部分についてみると、前記のとおり旧建物居住者が復帰しなかつたため被控訴人において旧物件令第四条第四項により昭和二一年四月前記のように右部分を控訴人に暫定的に賃貸したのであるが、右土地部分については、東方の一部に控訴人の建てた簡易な自動車修理工場があつたとはいえ、被控訴人としては現状をやむなく黙認した程度で、自動車修理あるいは家庭菜園のための賃貸とみるべく、建物所有の目的であつたとまでは認められない。従つて控訴人は旧居住建物敷地以外は臨時処理法第二九条第三項、第三二条による建物所有目的の使用権者に該当せず、同法第二条の準用がなく、控訴人には優先賃借申出権はなかつたといわざるを得ない。

六ところが、前記調停では調停委員会の勧告で結局、控訴人が本来臨時処理法により賃借権を取得し得べき旧居住建物敷地部分を明渡して道路に面する本件土地を賃借することになつた。しかも臨時処理法による期間一〇年を勘案して調停条項が定まつたことは前記のところから明らかである。そこでこの関係を合理的に解釈すれば、まず調停の際の接衝中に本件全域の土地について控訴人から被控訴人に対し臨時処理法にもとづくと認めるべき賃借の申出があつたことは推認に難くなく(控訴人主張の昭和二一年一〇月ないし一一月ごろ賃借申出をしたことはその証拠がない。)、結局昭和二三年六月三日、被控訴人は控訴人の旧居住建物敷地については優先賃借権があることを認めてこれに承諾を与えた上、同時に、被控訴人側の必要と控訴人側の便宜を勘案して、本件全域の土地中東方の本件土地上に右目的土地をふり替え、本件土地を昭和二一年四月からほぼ一〇年に近い期間をもつて賃貸することとして、本件調停が成立したものと認めるのを相当とする。従つて臨時処理法第二条による賃貸借の性質はそのまま本件土地に維持されたものと認めることができる。控訴人の旧居住建物敷地より本件土地が相当広いことは、前記調停成立に至るまでの一切の経過からみれば、右判断を左右するものではない。

ところで右調停では、昭和二一年四月の賃貸借があつたことを勘案してか、始期を同月とし、九年余後の昭和三〇年七月を終期と定めたものであるが、(そうだからといつて単に昭和二一年の賃貸借を確認したものとはいえない。)臨時処理法第五条による法定期間一〇年はこれを短縮し得ないものであるから、結局本件土地賃貸借の終期は昭和三三年六月二日と認めるほかはない。

七よつて昭和三三年六月三日以後右賃貸借が更新により存続するかどうかについてみる。≪以下省略≫(近藤完爾 浅賀栄 小堀勇)

(別紙) 物件目録≪省略≫

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例